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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題





「所詮現実とは違う」と思って見ると、「実際にあり得る」と思って見た場合より価値が下がって見える。






















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無題

https://trilltrill.jp/articles/4161039




こういうこと名指しで言える相手は本物の老害じゃないですよ。






















無題

https://www.youtube.com/watch?v=flqSVfZlSJY




「区別すべき」というのはその通り。「誰がどういう文脈で」というのもその通り。自衛隊の要職にある人物はその国の公人だし、公人としてする発言はその国や政府の意志の代弁とみなされるので言葉は慎重に選ばなきゃいけない。

さらに付け加えると、番組冒頭でも触れたように大東亜戦争と太平洋戦争は同じ意味じゃないですからね。

太平洋戦争は真珠湾攻撃があった1941年前後から。

大東亜戦争は支那事変があった1937年前後から。

つまり、「大東亜戦争」だと日中戦争も含まれるんですよね。
日本が「侵略者」なのは主に日中戦争ですからそれだけ戦争責任も重くなるということです。

そこまで分かった上で個人が自己責任で言うなら別にいいんじゃないですか。



何があっかんべーなのかよく分かりませんね。




















無題

https://news.yahoo.co.jp/articles/71fc883efc6f810fe16be81a3dc909b03a891080




コスパは低いですよ。

というより、自国の経済力の実態に見合った戦力整備計画を立てないと、いっとき上回ったとしてもすぐに逆転されてしまって意味がない。

いまはもう戦闘機自体の性能よりも特に警戒監視・捕捉・追尾能力に関してキルチェーン全体の構造的なスペックが求められるので、自体は経年により更新時期になったとしても必ずしも新規設計しなきゃいけないわけじゃない。むしろいかに既存の装備を使って守るかの面で工夫する方が開発予算を圧縮する有効策と言えます。開発予算が圧縮できれば、その分は構造的なスペックを上げることに投資できる。

結論としては、無理に新しく開発する必要はないと思うし、このFー47もおそらくはF/A-XXとしてボーイングにより開発されていた機のすげ替えでしょう。何ならF-22を改設計して新造すれば事足りるくらいでは。




















無題

https://www.youtube.com/watch?v=ledy5yECAJs




2025年のいま、こうして気丈に証言される生存者の方は誰もが当時子供だった人ばかり。

どんな罪が起ころうと、「子供には罪はない」が原則とされるから、こういう人たちは純粋に被害者でいられるんです。

でもじゃあ、当時の大人たちはどう考えたか、どこか自らの罪を一部の権力者に押し付けてはいなかったか。たぶん、心のどこかにそういう後ろめたいものを背負っていたと思いますよ。

当時の戦間期は世界恐慌の余波で生活がより一層ひどい時代でした。人々の抱える慢性的なストレスは行き場もなく、ただ心の中に悶々と抱え続けるしかなかった。そんな時に、「日本軍大陸進出」の景気のいい話が次々に飛び出せば、たわいもない扇動に安易に乗ってしまったとしても一方的に咎めることはできないと思う。

それでも、当時の人はあまりに無知でした。アメリカとは一体どういう国なのか、一般市民のほとんどが正確な姿を知らないまま、大きな反戦運動が起こることもなく戦争へと突入してしまった。

かえって平和になったいまに頑なに反戦を訴えるのは、「当時大人たちが戦争に反対してくれてさえいれば」という遺恨の念でもあるんじゃないかと。

しかしどんなに原爆の非を訴えようとも、日本人はその責を逃れることはできないと思う。

博士の言う通りです。
彼は「ひどい(最悪な)仕事だ」とはっきり認めています。その一方で「原爆だけを切り取って謝る筋合いではない」と言ってるわけです。「銃弾で死のうが空襲で死のうが原爆で死のうが、戦争の被害者であることに変わりはない」。その通りなんですよ。

なぜ戦争が起きたのか、とにかく知ることです。
市民だけじゃなく、兵士たちは戦場でどんな目に遭い、またどんなことをしていた、させられていたか。

知らなければ止めることもできません。















無題





関西弁の猫w






















無題

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/c9f7bc34de9a36d14c57f861cc50b994f2fe1a03




悪がなくならない理由は簡単です。

善悪は通常絶対評価ですが、人の絶対評価は大局的に見れば相対評価、つまり、自身の経験や知見を俯瞰して「ここからこっちが悪」と定義されたものに過ぎません。

相対評価なんですから、たとえ「ある悪」がなくなったとしても、こんどはその「ある悪」がない中での善と悪が定義される。

つまり、善悪は即物論ではなく自己の内面、個人の哲学の問題ということです。

「悪がなくなる」とは「何があっても悪と感じなくなる」ということ、いわば悟りの境地です。

















無題





もうそろそろF-35の失敗はお認めになられた方がいいのでは。






















無題





これが「相応のこと」です。

べつに総論で勝つ必要ないんですよ。
勝てると分かってる各論を喩え話に使えばいいんです。

攻め方が悪い。


















無題





10億年も経ってたら同じ人間だって完全一致はしないだろ。






















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