読売の社説を読んでみると、くだんの児童虐待死事件について書かれていた。
「児相が虚仮脅しなどに屈してしまった」…と。
社説は、児相が徴候を見落とした「瑕疵」は責めても、そもそも容疑者がなぜ我が子に手をかけるほどまでにストレスを蓄積させたのかという「真実」には光明を当てようとはしない。
今の段階では、事件の犯人はまさにこの容疑者本人とみて間違いないというのに、実に不思議なものである。
社説には、警官のような「民事不介入」などという規定もあるまいに。
問題の本質は、児相が「虚仮脅し」に屈したことではない。
こうなった時に、誰もが「救えなかった」ことは責めても、虐待そのものを未然に防ぐことを考えないことである。
公務員は、厳格な職務規定に縛られていて、職務上、手前勝手な判断を差し挟むことは禁じられている。
一般人が「そんなことは見れば分かるだろう」と思うような当たり前なことでも、任意での判断はできない立場だ。
要するに、規定に書かれていないことは、常識的にどんなに当然と思えてもできないのである。
もっと踏み込んだ措置を求めるなら、法改正まで含めた断固とした態度が必要になるだろう。
そもそもこの「虚仮」という言葉、俺を含めたほとんどの方が漢字など知らずに使っているに違いない。
誰も知らない絶滅危惧種の文字を掘り起こす前に、「保護者」という誰もが知っている文字の意味を考えて欲しいものである。