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例えば、小遣いが1日500円の人がいたと、1日500円の範囲でなら「善意」で他人に500円の援助ができる。
1日500円の小遣いがあるなら、月当たり約15000円の計算だから、まぁ1000円くらいまでならやりくりすれば援助できる。
でも、支援を求める人の数が4人、5人になれば?必要な金額は一回当たり2000円、2500円にもなってくる。そうなると、自分の食費を削ってその額を捻出しなきゃならない。これはもう、「善意」の範囲を越えてるのね。
俺もそうだし、ゆすりたかりの連中もそう。こういうのが増えてくると手に負えなくなる。
じゃあ何が一番問題かって言うと、他人の成果を盗む奴なのね。他人の成果を盗むという行為は、他人の意欲と自身の向上心を奪う。二重のロスが出るわけ。
ただ、じゃあ禁止すればいいのかって言うとそうじゃない。人が一生のうちに生産しなきゃいけない作品量を考えると、人の平均寿命にも迫る著作権保護期間のために、もう完全な新作を考案する余地はほとんどなくなってると見ていい。
単純に禁止すれば産業の成長を阻害しちゃうわけだ。
ルールの不備だね。
規制の一線は、単に禁止だけじゃなく逆に許容の意味もある。だが、あまりに力関係に構造的な不均衡があるから、規制推進バイアスを持った層がどんどん伸長する。つまり、「ゆすりたかり」の連中。
このために許容の一線はどんどんシビアになり、作るより奪う方が繁栄してしまう。単純な生存競争は切磋琢磨じゃなく足の引っ張り合いだから、成長より退行を促す。
どうやって切磋琢磨に誘導していくか。