https://news.yahoo.co.jp/byline/watanabedaimon/20230719-00357852
■
明智光秀について「油断ならない性格」と記しているのはフロイスだけではなく、かの毛利元就も、仕官請いに訪れた光秀に接見した際の印象として、「優秀ではあるが、常に腹の内でよからぬ企てを考えているような油断ならないタイプ」と書き残している。
まだ織田陣営に入って頭角を現す前の話だから慧眼と言うしかない。
明智光秀が信長から本当に言われるような叱責を受けていたのかどうか、具体的な記録はなくもないが曖昧な部分も多い。ただ、織田信長は重臣に関して、現状維持を手柄と認めず、期待に沿わなかった者は宿将であっても容赦なく降格している。その点から考えても、エリート意識が強い光秀が多大なプレッシャーに苛まれただろうことは想像に難くない。
変事の前、寺社を詣でた光秀は「時はいま」という句を残している。
つまり、少なくともこの時点までには謀反の意志を固めていただろうことははっきりしている。
「精神衰弱による衝動的な行動」という解釈には疑問を感じる。むしろ、元から信長は自らの立身のために利用していただけで、この時のためにこそ屈辱を耐えてきたと解釈するのが自然だろう。
ただ、変事の後、味方に付くと計算していた勢力に悉く肩透かしを食わされた点は、やっぱり器量だろうな。信長がただ暴君なだけだったら、こうはならなかったはず。
信長は確かに、当時の常識的な武将の目には横暴に映ったかもしれないが、反面、常識的には生涯チャンスを得られなかったはずの出身の卑しい者たちからは、「分け隔てなくチャンスをくれる、話が分かる主君」と人望を集めていた面もあったと思う。
PR