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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題

ttp://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151009-00010004-shincho-int
元植民地・パラオの人々の日本びいきの理由・・・、についての記事 ─ BOOKS&NEWS 矢来町ぐるり


学校では生徒に対して「しつけ」が行われていた。

なるほど、確かに過去の日本にはそうした美点もあったでしょう。
しかし、これは単純に、ソヴィエトが崩壊した直後のロシアで、人々が何をしていいかわからず
途方にくれたのと同じ構造を感じます。

つまり、教育というものは、成人までに身につけさせるべき教養というものを、方針を軸に
計画的に設定するもので、例えば、社会主義的計画経済の社会では、その中で生きていくことを
前提として物事を教えるし、これは資本主義的経済社会にも言えることです。

だから、急に社会システムが変わって、「さあ自由にやれ」と言われても、何をしていいか
分からなくなってしまいます。
何をすべきかを考え、それを実践するためのノウハウが育っていないからです。
逆に言えば、自由を前提に何事も準備してきた者にとっては、管理社会ほど理不尽で不自由な
世の中はないと感じるでしょう。

思うに、例えば冒頭の例についても言えば、自由主義だからといって、他の生徒に暴力を振るう
生徒を黙って見過ごすことは許されるのでしょうか?

日本人はパラオの人々に酒を飲むなと言ったそうですが、それは戦時下だったということも
あるでしょうし、飲む量も平均して日本人より多かったのではないでしょうか。
日本では、例えば「飲むな」と言われても、うまい具合に抜け道を探してこっそり楽しむことが
暗黙の常識で、それを計算した上で言ったのだと思いますが、向こうの人たちはそれを文字通りの
意味に受け止めたのではないでしょうか。
何しろ銃を持った日本兵がウロウロしてるわけですから。

いずれにせよ、日本の植民地統治は、現実、当時の水準から見ればかなり進歩的だったと
思います。
それを踏まえた上でも、先の大戦は、今の常識から考えるに侵してはいけない一線を踏み越えて
いたと言えます。
これを、西欧列強の模倣で力でねじ伏せて正当化すべきか、それとも、自らの国力を省みて、
大局に立って戦略を立てるべきなのか、答えは歴然としていると思います。

武力で争えば日本は大国に勝てません。
それならどうすべきか。
答えはもう言いました。













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