安保法制について、ある番組で専門家の方の説明を聞きましたが、どうも要領を得ません。
要するに、8割の石油を中東に依存している我が国にとって、その輸送路のいずこか
一箇所でも封鎖されれば重大な危機に直結する。
起こる可能性の高さではなく、起きてしまった場合の重大性を考慮して、憲法解釈の範囲で
許される限りのことをできるようにしたい。
そういうことが言いたかったのでしょうか・・・?
しかしそれは肯定的な理由の単純な説明であって、逆に否定する理由もあるわけです。
つまり、例えば、まずないことでしょうが、米国本土が攻撃を受けるような事態があれば、
米国との同盟を安保の中核として頼る日本にとっての存立危機とも解釈できます。
あるいは日本に敵対する勢力が大きく勢力を拡大しようとする事態も存立危機と言えます。
しかし、こういった事例を含めようとすれば定義は拡大され、その拡大された定義を国益に
照らしてさらに拡大解釈をする。
これを繰り返すうちに、気付けば自衛隊は他国の軍と変わらず戦闘に参加していた、
なんていうことにもなりかねません。
これでは憲法9条の存在意義がありません。
要は、9条の存在意義を何に求めるか、どこに線を引くかの問題なのです。
俺は、維新が言うとおり、周辺事態では集団的自衛権を一部容認し、また防衛装備の
移転によって盟国に貢献する。
それと引き換えに、領土・領空・領海外での先方の戦闘行動については、同盟の見返り支援
は行わない。
これが筋だと思います。
概念的ではあっても中立を保って筋を通せば、仮に日本に敵対する勢力が出現したとしても、
彼らは他の脅威と日本とを同等に扱うことは戦略上できなくなります。
日本は「最後の世界大戦」の敗戦国として、世界の軍縮をリードすべき存在です。
国権を戦勝国水準まで回復することではなく、一部を回復しつつ、逆に戦勝国の軍事
プレゼンスをいかに低下させていくかを考えなければなりません。
それが9条の意義だと考えます。
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