我が国のエネルギー事情を考えると、原発を完全に撤廃できる段階には程遠く
必要だという事実そのものは認める。
ただ、それには以下の課題の克服が必須となる。
①暫定処置としての再稼動
②廃棄物処理の具体的な計画と予定
③今後の原発利用水準の検討
しかるに現状はといえば、どうも②をすっ飛ばして③の布石を打ちつつあるような印象を受ける。
そもそもまず、福島の事故の教訓として、国の分析に最も欠けているのは
『国として事故への備えが不十分だった』という点に尽きる。
事故直後は『メルトダウンには到っていない』『メルトダウンではない』と
TV番組に出演した専門家が口をそろえていたのに、後で事実が判明すると
『これはメルトダウンではなくメルトスルーです』などという詭弁を弄する始末だった。
『メルトスルー』の方が『メルトダウン』よりも重大さは上なのだから呆れてしまう。
パニックを避ける目的があったのかもしれないし、世論の反発が強くて思うように
見解を伝えられなかった部分もあろうが、しかしその向こう側では国というものは
今後のことまで冷徹に見通しているくらいでなくてはならない。
そう考えると、例えば水蒸気爆発によって吹き飛ばされた建屋、
制御を失い冷却不能となった原子炉などへの対処は、
自衛隊のヘリによる水の空中散布に始まり、空港の消防車の出動、
最終的には民間のコンクリート用の重機の動員と全てがあり合せで場当たりだった。
対処人員についても、自衛隊に汚染除去の専門チームこそあっても、
事故対処のチームはどこにもなかった。
この点について、未だに何ら対策は講じられていない。
緊急時用の発電車の増備はいくらか進んでいるようだが、
これらは企業側の備えであって、しかも万全といえる状態には到っていない。
政策として進める以上、国としては万全を期し、
仮に安全管理の面で万全の上に万全を期していても、
万が一、いや億に一の事故に対してでも、
より高度な備えを持つことが責任ではないだろうか。
次に冒頭に述べた②をすっとばしている点だが、現状はといえば、
副次的に出た汚染土などを一時的に備蓄する中間処分場について、
どうにかメドが立つかどうかという状態で、使用済み核燃料の最終処分のメドは
依然全く立っていない。
この時点での再稼動はあくまで暫定処置に過ぎず、
今の段階でこれを『核心的』と宣言するのは、はっきり言って不適切であり大きな過ちだ。
排出された廃棄物は、処分場がなくてもどこかには備蓄されるのであり、
これは保安上の重大な不安要素になる。
簡単に言えば、これは使えない核弾頭を大量に備蓄しているのと同じ状態で、
これを爆発などで飛散させるだけで重大な放射能汚染が引き起こされる。
もちろん、テロの標的になることは言うまでもない。
最終処分場が存在しない以上、放射能廃棄物は各地の発電所関連施設に
分散管理され、量は刻一刻と増えていくことになる。
分散されるほど、また量が増えるほど安全管理も難しくなる。
いかに我が国にとって重要で価値があろうとも、最終処分場の問題を
解決しないままの積極利用は自殺行為ともいえる。
最後に③についてだが、上記2点を踏まえた上で、
仮に最悪の事態が発生した場合でも国が速やかに対処して、
国家機能の麻痺を回避できる目算を前提に考えられているのかどうか。
例えば、現存の原発の80%が再稼動したと仮定し、そのうちの半数
(安全対策を講じていることを考えれば、通常あり得ない数)
がテロなどによって福島の事故と同等の状態に置かれた場合でも、
国家機能の被害が回復可能な範囲にとどまるような立地、
また、同時に事故対処して被害を最小限にとどめる体勢が準備されているかなど。
さらに、これらを直ちに実現することはできないにしても、
将来的には実現する見込みはあるのかどうか。
その際、原発への依存度は従来通りで問題はないのか。
こういった単純に懸念される事項への政府の見解や方針が、
事故から3年以上経過した現在に至っても全く見えないのが実情だ。
むろん、全ていっぺんに解決というわけにはいかないだろうが、
世論の風当たりを考えるなら、政府は、暫定的再稼動に伴って高まる
世論及び保安上の不安に対して、着実に手を打つことを優先するべきではないか。
暫定的再稼動については、おおむね国民の同意を得られているのだから、
今後の原発行政の方針を打ち出すのは、これらのメドが立った後でも
決して遅くはないと思うのだが。