「嘘パース」という発想自体は間違ってない。
ただ、これを言い訳にするから「本当パース」が
いつまでたっても描けるようにならないのではないかと。
「嘘パース」だって、上手く描くには技術が要る。
演出そっちのけ、単に下手なだけの「嘘パース」に価値はないわけで。
法則性でこれという決め手のない「嘘パース」では経験則に基づくしかないので、
極めるのはむしろ大変なのでは?
やってみれば分かることなんだが
「本当パース」ってのは、例えば輪切りにしてみたり
小さな立方体や球(要するに、より単純な形のもの)を積み上げてみたり
補助線描いてみたりと
じっくり準備作業してから描けば
意外と描ける。
理由は、道理にちゃんと従ってる形だから。
だから、いろいろな角度で正確に描く努力を続ければ
実は「本当パース」は資料がなくても描けるようになる。
理屈としては単純だ。
作業としては最初は大変だが、
上達するほど省略できる手間が増えて楽になっていく。
顔だけで上を向いた人を前から見たとき、顎がどう見えるか分からないのなら
あれこれ描くよりも、まず見てみればいい。
変だな
美しくないな
と思うかもしれないが
そもそも、いつでもどこから見ても美しい形だからこそ不自然なんだ。
リアルな形には説得力がある。
例えばデフォルメされたキャラクターなど、仮に本物と違う造形であっても、
それが立体として成立していれば説得力が生まれる。
説得力は、表現できるようになるためには時間と手間がかかる。
だから武器になる。
そういう理屈。
一朝一夕には無理だが、やるだけの価値はある。
考える前に取り組むといい。
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