https://news.yahoo.co.jp/articles/92e91f443978bf15758af56e261cdf364b5be966
■
最近「持続可能」という言葉が頻繁に叫ばれているが、たぶん「SDGs」のことだと思う。
この「SDGs」は単純な「持続性」は意味せず、実際には、持続性を可能にする様々な要素のうち、いわゆる「グリーン」、再生可能エネルギーだったりリサイクルだったり低CO2だったりという環境技術から、果ては人権尊重とか雇用の待遇改善などまでが含まれる。
ここで問題になってくるのは、つまり、どれもが営利を追求した技術ではないので、利益率は低下し費用や労働力などの負担は増加するが、これを果たして人間が継続することはできるのかという観点が欠けていること。
かつて社会主義陣営が崩壊に至ったのは、社会主義という概念自体が従来の自由主義経済の上に立脚したものだったため、年月とともに自由主義経済での蓄積を失うと勢いを失ってしまい、自由主義陣営との競争に敗れてしまったから。
これは戦いの分析にも通ずることだが、ある勝敗について要因を分析する場合、
①有利
②不利
③偶然
という三要素が絡んでくる。
勝者と敗者それぞれの有利と不利を評価し、さらに状況的な偶発的要素を加味して比較して、初めて主因の特定が可能になる。
こう考えれば、主因は必ずしも負けた側の敗因にあるものとは限らず、勝った側の勝因や、偶然が命運を分けるような場合もある。
ある理屈が理屈として正しかったとしても、競争相手がその上をいけば、その理屈は破綻してしまうのだ。
SDGsは確かに清廉な考え方だと思う。
ただ、ある概念をマクロ視点で考える場合、これは「マスコンバット」の理屈で、少数の専門化された精鋭を自在に使う場合と違い、大多数の平均的な、向上心も指示へのレスポンスも平凡な普通の人々を使って勝たなければいけないということになる。
「それをやるのは人間」という観点は忘れてはいけないと思う。