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矛盾してるんじゃなく、そもそもロシアはウクライナ全土を蹂躙することが目的じゃなく、ゼレンスキー政権を倒して親ロ政権に挿げ替えればそれで良かったわけ。そうすれば、多少の反発が各地で起きても首都以下要衝を押さえてしまった後でならいかようにも捌けるって考えだったと思う。
というか、もしこれが本当にうまく行ってたら、最後まで演習と信じたままのロシア兵だっていたかもしれないよ。
ところが、奇襲成功を信じたロシア軍を待ち受けていたのは水攻めなどの計略や大量のATMによる待ち伏せ。ATMは侵攻直前の緊急供与だったから、ロシア軍はまったく準備がなかった。というより、奇襲効果を計算して、あえて直前まで供与を待ったんだと思う(※)。
実際、侵攻と前後してキーウ市内を始めウクライナ各地で潜入していたロシアの工作員が多数蜂起して攪乱工作を行った。もし事前に供与していたら、ロシアは工作員の情報によってああも見事に引っ掛かることはなかったと思う。
この結果、ロシアのキーウ攻略軍は未曽有の損害を出し、後退を余儀なくされた。
ずばり答え書いたんだから、せめてちゃんと読み取れるようになって欲しい。
(※)
というか、そうじゃなかったら、なんで侵攻の数日前なんて土壇場のタイミングでの供与なの?兵器ってのは手に入れてすぐに使えるもんじゃないし、それを最大限に活かす配置の問題もある。本当にそれだけだったらキーウ攻防戦に間に合わなかったじゃん。
あれは、周到に準備された作戦の一環。あらかじめ要員を訓練して、ATMは数日以内に広いウクライナの各地に行き届かせる手はずが整えられてた。だからできたに決まってるじゃん。
「聖・ジャベリン」がどうのとか、ずいぶん叩かれたよね。今こそ言う。直前の緊急供与も含めて、あれは作戦だった。