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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題





前提のレベルから食い違ってる。























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無題





強いとは、

自分より弱い相手に勝ち誇れる

ことではなく、

勝つか負けるかの勝負に強い

ということ。



弱い奴を選んでいくら言い負かしても強いことにはならない。

















無題





燃料がない車に運転操作教えても。






















無題






100%キャッシュレスは無理ですよ。

貨幣は国家における最低限の交換単位として、規模が縮小することはあっても無くなることはない。



















無題





問題は多様性ではなく淘汰の方。淘汰があるべき姿から歪曲されるから理不尽な犠牲が絶えない。





















無題





徹底弾圧。























無題





親の責めを子が引き継ぐということは、日本は永久に戦犯国家ということになりますが。






















無題

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/47d5785f575b21e57a5ad9df4c47ef2aa010315f




こういう方にはぜひこちらの問題も考えてみて欲しいんですが。

警官が黒人だというだけでまだ「容疑」であるにもかかわらず犯人扱いするのは差別です。では、もし「黒人の犯罪関与率が白人よりずっと高い」というデータがあった場合、容疑の段階でも黒人を優先的に取り締まるのは差別と言えますか。



なぜこういう問題が生じるかというと、元々この問題の本質は「差別か区別か」ということではなく、「適正・妥当な差別か、それとも不当な差別か」という問題だから。その本質から目をそらし、「自分はセーフ」と思いたいばかりに「自分がするのは区別であって差別ではない。しかしこの人たちがやってることは無自覚なだけで差別だ。差別はやめましょう」と主張してしまう。「自分はセーフ、お前はアウト」の二重規範のまま解決しようとするので、自分もアウトになる境界は認められない。これではかえって解決を遠ざけてしまいます。この世に差別をしない人間なんていません。元より「線引き」の問題なんです。



記事も同様です。

「自分らしさ」と「わがまま」は紙一重、見る人の価値基準によって容易に逆転してしまいます。

まず両者が同一線上にあることを直視し、問題は質の違いではなく境界の設定なんだということを見つめなければなりません。「自分は正しい側」ではなく、「みんな改善すべき点がある」という視点に立つべきでは。


















無題





自分で「常識が問われる」と書いてるんだから、それは読解力の問題ではないでしょう。
読解力を問いたいのに、常識を問う問題になってしまっているわけです。
道徳の時間ですか?

これを正解できるのは、「いくら昔でも死人を鍋で煮たりしない」とたまたま知ってた生徒だけ。ぶっちゃけ設問ミスです。



感覚的に理解してるだけだとこういうミスを見落とします。



















無題





茶飯にして顔色悪くした方が良かったかも。





















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