https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/47d5785f575b21e57a5ad9df4c47ef2aa010315f
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こういう方にはぜひこちらの問題も考えてみて欲しいんですが。
警官が黒人だというだけでまだ「容疑」であるにもかかわらず犯人扱いするのは差別です。では、もし「黒人の犯罪関与率が白人よりずっと高い」というデータがあった場合、容疑の段階でも黒人を優先的に取り締まるのは差別と言えますか。
なぜこういう問題が生じるかというと、元々この問題の本質は「差別か区別か」ということではなく、「適正・妥当な差別か、それとも不当な差別か」という問題だから。その本質から目をそらし、「自分はセーフ」と思いたいばかりに「自分がするのは区別であって差別ではない。しかしこの人たちがやってることは無自覚なだけで差別だ。差別はやめましょう」と主張してしまう。「自分はセーフ、お前はアウト」の二重規範のまま解決しようとするので、自分もアウトになる境界は認められない。これではかえって解決を遠ざけてしまいます。この世に差別をしない人間なんていません。元より「線引き」の問題なんです。
記事も同様です。
「自分らしさ」と「わがまま」は紙一重、見る人の価値基準によって容易に逆転してしまいます。
まず両者が同一線上にあることを直視し、問題は質の違いではなく境界の設定なんだということを見つめなければなりません。「自分は正しい側」ではなく、「みんな改善すべき点がある」という視点に立つべきでは。
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