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二式複戦の時は、陸軍の構想が二転三転してメーカーも半ばやる気を失ってたみたいなんですよね。
もうこれ作る頃には、双発で戦闘機作っても限界があることは薄々分かってたみたいだし、メーカーも作る意義をあまり感じなかったんじゃないかな。
日本は国全体として1500hpを飛ばしてハ四五(誉)で1800hpを実現する起死回生の策に集中してたので、戦闘機のゴタゴタはIFの余地がほとんど無いんですよね。強いて挙げるなら五式戦の前倒しくらい。五式戦があと1年早かったら、戦局はかなり変わってたかもしれない。
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