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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題





サッチャーの成長主義的戦略は間違ってなかったと思うよ。

結局その国の国力って、マンパワーだから。困った時に、あるいは何かしたいと思った時に何ができるかが問われる。

その総力と総力の拮抗でその時々のシェアが決まり、人類全体の富からその国の下にシェアの分だけ回ってくるもん。

経済ってのは「マンパワーを培う」という意味ではかなり重きを占める要素だから。



でね、番組見てて思ったんだけど、結局、人間て何かが実現して幸福になる度に弱くなってきたと思うんだよね。

例えば、自転車が発明されると歩かなくなり、さらに一日中会社の中に座ってても仕事ができるようになると動かなくなり、運動不足になる。すると、体を維持するのに必要な健康さえ維持が難しくなってきて、ジムに通ったりするようになる。ジムに通うとお金がかかるでしょ?

つまりこれっていうのは、人間は幸せになればなるほど生きるためのコストがどんどん加速度的に膨れ上がっていくということだと思うんだよ。

自分だけじゃなく、誰もが今より少しだけ幸せになりたいと思ってるでしょ?だから、そういう人間同士が複雑に関わり合う社会の中で何かをカネで賄おうとすると、その社会が便利なら便利なほどプレミアムも高くつく。みんなが少しづつ上乗せするから。

この「プレミアム」の成長が、実体の成長が限界に近付くにつれて重荷になってきてるわけだ。



俺は、結局「純粋な資本主義」というものは存在しないと思ってるのね。社会主義とか共産主義は、根幹が自由経済の上に成り立ってるので不完全だってことは分かってるんだけど、資本主義の考え方だって全てを包括するほどの器量はない。所詮は数ある仕組みの一つに過ぎないのであって。

もっと単純に、人類自体の発展が限界に近付いてるんだと思う。それは、いまあらゆる分野で成長の鈍化が囁かれてるでしょ。この原因は、必ずしも人間のメンタルにあるわけじゃなく、もっと物理的な、人間がこの仕様である限りこの宇宙を支配する法則の中でできることには限りがあって、そこに近付いてるってことなんだと思うよ。

簡単に言えば、人間の方に余力があってももう「伸びしろ」がない。体ギリギリの狭い部屋の中では運動できないのと同じで、伸びしろがないから成長できなくなる。資本主義ってのは幸せに成長するための仕組みだから、成長できなきゃ機能しない。



これからは資本主義との矛盾の時代だね。

幸せになろうとしないことで、結果的に幸せになれるっていう。

この状態に陥ったら人類は前に進めなくなるかもしれない。


















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