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三国志演義に、諸葛亮(劉備臣下)と周瑜(孫権臣下)にまつわる有名なエピソードがあります。
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赤壁前夜、二人は酒席を共にします。
意気投合した二人は、赤壁での互いの布陣をどう解くか謎かけし、互いに答えを手の平に記して伏せます。
二人が同時に手を開くと、果たしてそこには双方とも「火」とありました。
これを見た二人は破顔一笑、いよいよご機嫌です。
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この話は両者が高いレベルで同等の軍師であることを暗示してるわけですが、長い文脈からはもう少し深読みすることができます。
周瑜は、天才・孔明と答えが合ったことで機嫌を良くした。
孔明は、周瑜が機嫌が良くなれば心を許すと見抜いた上で、周瑜の答えを読んだ。
周瑜は、後に赤壁で受けた矢傷がもとで落命しますが、いまわの際に「天、この周瑜をすでに世に生みながら、なぜまた孔明を…!」と終生孔明に勝てなかった自らの命運を呪います。
この文脈からは、上記のような解釈が成立するのです。
三国志演義は正史と違い、かなりの脚色が施されています。
演義での諸葛亮像は、実際には周瑜の方だったという解説もあり、そのまま事実としては解釈できません。
ただ、こういうエピソードを思い起こすたびに、つくづく俺自身はどちらかというと周瑜の方だなぁと思わずにはいられないのです。
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