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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題

https://news.yahoo.co.jp/articles/2c7edc3a8dcfe49b7c710dcaf080d9f377ca03dc




要するに、戦術面の指揮官でありながら戦略面の事情にも精通する人材が求められた、という趣旨なんだろう。

しかし個人的には、仮にそういう判断が求められるのであれば、よほど周到に戦略面での状況を事前に打ち合わせておくか、さもなければそのための要員を付随させるべきだと思う。

つまり、記事の定義に沿って言うなら、そもそも指揮官全員に戦略~作戦~戦術に精通していてもらえればそれに越したことはないわけで、それは分析以前の話だと思う。
しかしそれが物理的に叶わないから、やむなく分業するようになっているわけだ。

それからこの定義についてだが、個人的には、「国家戦略」と戦時下で言う「戦略」とは少々ニュアンスが違うように思える。
そもそも「戦略」という言葉自体が、元々は、特に戦いに関して言うものだったのが、全ての物事について言うようになってきているために記事のような解釈も成り立ってしまう。
しかし個人的には、「国家戦略」と、一般的に言う「戦略」即ち「戦いにおける全体的な組み立てや見通し」とは区別するべきだと思う。

記事のニュアンスでは、単にスケールの問題から戦略と戦術の間に「作戦」を設けて三段階に区分したいということのようだが、俺に言わせれば、そもそも国の在り方や方針などは戦時に限定されるものではなく、こちらの方こそ「国家戦略」として区別するべきではないかと思う。

記事で「作戦」と分類されている概念は、語義に忠実に解釈するなら「戦略」に含まれることになる。

例えば、ミッドウェー作戦の軍議でも、真珠湾作戦や一連の南方制圧作戦を「作戦第一段階」と称し、続く「作戦第二段階(史実ではミッドウェー作戦となったが、その前にセイロン島攻略作戦案が提案された)」の方針を巡って軍令部と連合艦隊とで意見が衝突している。
つまり、「作戦」という言葉は、そっくり元々の語義で言う「戦略」の意味で使われているのだ。



「国家戦略」的な概念を含める点は「孫氏」「クラウゼヴィッツ軍学」双方に通じる部分だが、両者の決定的な違いは、「孫氏」には「勝てない戦はするな」と書かれている事だろう。
「国家戦略」的な概念を軍学・兵法側に持ち込んだ考え方では、この発想はおそらく生じない。
そもそも「戦時」というものを「平時に次ぐ異常事態」と定義するからこそこの発想は出てくるのではないか。

そういう意味で、全ての基準を「戦時」に置く考え方は不完全と言わざるを得ない。














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