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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題





ことここに及んでもなお、まるでスポーツ観戦でもしてるかのような感覚で「ウクライナ頑張れ」とか平然と言えてしまう感覚が分からない。
それがどういう意味か、これまでの犠牲者の数を調べれば計算できるはず。

逆に訊きたい。
この状況からロシア軍が撤退を始めるには一体何が必要か。
いまロシアが必要とされてるものと同等のものが、逆に必要なんじゃないか。

このまま攻めてくるロシア軍を撃退し続けても、戦闘のペースは常に攻める側がコントロールしている。
補給に遅れが生じれば、攻勢を延期すればいい。
しかし防衛側は、常に相手のペースで戦わなければならない。
補給が滞れば、それは即座に損害増となって跳ね返ってくる。

申し訳ないが、俺には安易に「ウクライナの勝利」というシナリオは描けない。
あったとしても「辛勝」で、途方もない犠牲と引き換えになる。

ウクライナの出方を意外に思ったのはロシア軍だけじゃないだろう。
だからロシア軍は、力づくでウクライナを捻じ伏せるだけの準備が全く足りてなかった。
その隙を突いた形のウクライナの善戦だが、それでもなお、膨大な数の民間人が犠牲になっている。

一部で「人道回廊」が何たらという報道が出ているが、本来、戦争にはそんなものはない。
一たび戦争になれば、民間人はほうほうの体で逃げ出すか、さもなければ奇跡でも信じてただ隠れるくらいしか打つ手がない。

つまり、本来なら予め避難させておかなければ助かる見込みがなかった民間人を、敵の情けにすがって避難させているという訳だ。
もし仮にロシア軍が突っぱねれば、この人たちは釘付けのまま、ロシア側に投降するか街と運命を共にすることになっただろう。
戦争計画や認識が甘いと言わざるを得ない。

テロ攻撃云々の話もそうだ。
ロシア軍の散発的な嫌がらせ攻撃を「無差別攻撃」「テロ攻撃」と揶揄する向きがあるが、逆に、ロシア軍がその程度の攻撃しかできないのは準備が足りなかったから。
限られた弾薬で作戦を遂行するには、効果を最大限に計算するしかない。
それは一方で、「もし充分な弾薬があったらどうなっていたか?」ということでもある。
要するに、テロ攻撃だからこの程度で済んでるのだ。

それなのに「戦って勝てばいい」などとどうして簡単に言えるのか。
今の状況で「ウクライナが負けてでも、早く終わってほしい」などと堂々と言えるウクライナ人はいないだろう。
そういう心が分からないのだろうか。

世界の自由と平和を優先するなら戦えと言うしかない。
だが、ウクライナ人のためを考えれば、戦うべきではなかった。

戦争とは、あらかじめどんなシナリオを描いても、一たび始まってしまえば最終的には勝手に暴走を始めるものだ。
より破壊的に、より凄惨に。













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