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「多様性」は「淘汰」とセットの概念なのに、「多様性」ばかりがクローズアップされるのは、たぶん、正当化に便利だからなんだろうな。
生物種は300~1000万と言われています(WIKI調べ)。
無限にいるわけじゃありません。
もっと地球環境が生物に適していたころはもっといたでしょう。
それが淘汰されて、今はこの数です。
たくさん生まれ、淘汰によって強い種が残る。
これを延々と繰り返しながら、生物は進化し続けてきました。
しかしある時、人は淘汰を否定し打ち勝ってしまった。
その結果、いまはこの地球上に77億もの人がひしめいています。
冬の寒い夜、狭い部屋を閉め切っているとだんだん暖かくなってきます。
人の体温や吐く息によって部屋が少しづつ暖められるからです。
その効果の77億倍です。
それだけでも温暖化の理由になりそうです。
近い将来、人口問題はいよいよ深刻化するでしょう。
いま、品種改良などによって、農地面積当たりの収穫率が多い作物などが開発されています。
しかし、こういった作物は、資本主義経済ではなかなか広まりません。
なぜなら、収穫量が多いと作物の単価が下がってしまい、儲けが減ってしまうためです。
この問題の根幹は、そもそも食糧自体が、必要な労力に対して見合わないほど価格が低いことに由来します。
このため、食料の生産は、いまや限界まで効率化して大規模化するしか、生き残る道はなくなりつつあります。
この上生産量など増やせば、まず事業が維持できなくなるでしょう。
もちろん、法的な面で対策をすることは可能です。
しかし、最も効果的な解決策が「人口問題の直接解決」だという前提に変わりはないでしょう。
問題は、「淘汰」が否定されたまま、「多様性」ばかりが先走ってしまっていることです。
「多様性」が生じたら、その次には「淘汰」がなければいけません。
その「淘汰」を否定するなら、「多様性」はある程度の範囲に規制されなければならないのです。
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