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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題





「論理的思考=言葉で考える」という解釈がありますが、俺は違うと思います。
人の思考プロセスは、まず概念化が先で、言語化はその後でしょう。

例えば、庭に実っている果実の話をすると仮定してみます。
この時、まず人は、その果実の色や形、手触り、香りや味などをイメージし、ほぼ同時に果実の名前をイメージします。
しかし、果実の名前を知らなくても、その果実をイメージすることはできますよね?
話題にすることもできる。

また、歩こうと思った時に、まず片足を上げ、それを踏み出し、足場が定まったらその足に体重を移して…とイチイチ考える人はいませんよね?
「歩く」という行為に、必要なすべての動作がセットになっています。

つまり、言葉が先ではなく、まずイメージで考え、次にそれを言葉にしているわけです。

しかしこのことは、学校教育の中ではつい忘れられがちです。
単純な問題では、思考の方式が言葉とイメージでは、大きな差はつかないためです。
学校教育はペーパーテストの点数がどうしても評価の重きを占めますので、その感覚では、答えを丸暗記する記憶力のいい人が最も「頭がいい」ということになってしまいます。

しかし実際には、イメージで考える人の方が思考自体は速い。
そりゃ、熟練度が同じなら、ローマ字で入力するより日本語入力の方が、キーを打つ回数が少ない分だけ速いですよね?
しかしそれでも、ペーパーテストでは答えを覚えている人の方が速いので、なかなかここに気付けません。

論理的思考とは、物事を考え組み立てる思考自体を指し、必ずしも言葉を基準に行うものではないのです。
仮に言葉を使う場合でも、それは言葉に変換している分だけ効率が悪いと考えるべきでしょう。


















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