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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題

俺の場合は「選択肢はない」の前に「成果を求めるなら」という条件が付随する。
この時点で「成果を諦める」という選択肢を明示している。

しかし、実験では文字通り選択肢はなく、続けるしかない状況に見せかけている。
しかも、被験者は実験を中断しても何ら損失を負わない立場だ。

これを見せて、一体何を期待したのか。
要はストレスを与えたいだけなんだろうが、実に甘い。
こんなやり方で成果が上がるなら安すぎる。
成果のために多くを捧げてきた俺が認めるわけがない。



実験のような状況では、人には幾つかの心理が働くと思う。
特に

①実験者の主張は真実なのかどうか
②実験者の指示に従うべきかどうか

という2点が大きい。
この時、「実験者はこの分野の専門家である」という見せ掛けの前提によって、
被験者は①について「虚偽である」と確信することができない。
ゆえに、②で「抵抗すべき」と判断しても、総合的な判断として拒否を決断することが難しい。

「権威」とは、専門家でない者が、何かについてどの知識を頼るべきかを示す道しるべのような
ものだ。
社会において、人が権利と責任を表裏一体のものとして扱い扱われることに馴化するほど、
この「権威」というものを信じ、責任を回避する楽な選択を選びやすい傾向があることは
実験結果を見るまでもない。

しかし、これはという局面で重大な判断を自身が迫られたとき、そのことが裏目に出る。

言い訳が立つかどうか。
少なくとも自分は主な責任を回避できるか。

誰かにすがろうとしても、責任を転嫁しようとしても誰もいない。
自己責任で決断する経験に乏しく、決断ができない。

実験では、拒否した時点で状況が終了する。
しかし、現実では、拒否したことのツケを払わなければならない。

巧妙な見せかけも、所詮は正当化という詭弁に過ぎない。
大義があるのなら詭弁も方便だろう。
しかしそうでないなら…?

それは単なる「まやかし」に過ぎない。

























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