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文壇の村上氏、歴史問題について「もういいと言うまで謝るしか」の記事
談話の内容を後退させようとしているかのように見える政府や首相を牽制する狙いが?
謝ること自体は問題でなく、実際に問題になっているのは、相手国はそれを政治利用しようとしていて
これに対抗するために、日本側も政治的な手段を使おうとしていること、
つまり、これはもはや倫理ではなく政治の問題になっているということ。
少なくとも、そのことで、ただでさえ財政問題で逼迫する日本が経済的に破綻するほどの重責を
背負わされた場合、政府がどうのどころか、経済がヤバい国によく見られるように、極右勢力の台頭
にも繋がりかねない。
謝罪は、自らが責任を負うべき範囲で行うべき。
日本は、太平洋戦争や日中戦争を省みて、自らの手で責任の所在を検証するという大事な手順を
いまだに踏んでいない。
責任を負うべき範囲さえ決められないのでは、謝罪とはまったく程遠いことである。
日本がかつて「経済大国」となり得たのは、偏に冷戦構造があってのこと。
財政破綻が目と鼻の先という段階になってもなお、「慢心」という名の亡霊は、いまだにこの国を
薄暗いもやで覆っている。
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