わらの中。
そこに針が混じっていると知らなければ、そのわらの山で人は平気で寝るでしょう。
誰かが突飛なことを言い出したら、普通は「この人は頭がおかしいんじゃないか」と思います。
実際頭がおかしくて突飛なことを言う人はたくさんいますから。
でも、よく考えてみれば、「こんな突飛なことを言うんだから、何か理由があるんじゃないか」と思ってもいいわけです。
その大半は取り越し苦労に終わることになりますが。
それでも全てではない。
かつて、「UFO」という作り話が、軍が秘密裏に兵器を開発する隠れ蓑として、某国の情報工作として大々的にPRされたというまことしやかな説があります。
確かに、「見たこともないものが空を飛んでいた」という目撃情報が多数現れたとき、「そんな馬鹿な」とか「何かの見間違いだ」と躍起になって否定すれば、かえって真相を確かめたくなります。
しかし「それはUFOにちがいない」と見るからに何かを履き違えてしまった人が飛びつけば、「ああ、この国は平和だ」で終わるわけです。
実際、80年代頃に出回った「UFOの写真」に写っていたものの一部は、90年代になって湾岸戦争で飛び回っていました。
むろんこれは信憑性があるとはいえあくまで推測の話で、事実ではありません。
でも、そう思えば、大多数の妄言の中に意外な真実が隠されているケースがあっても、おかしくないとは思いませんか。
とかく世の中、極端なことをする人は必要以上の摩擦を受けるものです。
そういう人達が自由に生きるための知恵(?)かもしれません。
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