窮鼠猫を噛む
ttp://agora-web.jp/archives/1582863.html
>そのために、柏崎・刈羽、浜通りの住民は、交付金程度の金では補えない程の
苦渋をなめてきた。
苦渋をなめたのは、十分な合点を得られないまま、カネと見切り発車とで強引に
用地買収~原発建設と事業を進められたためであって、
その原発が生産するエネルギーの3割が東京で消費されるからではない。
また『8割』という数字は火力のケースであり、火力の場合は上記の『苦渋』は
当てはまらない。
つまり、原発のステークホルダーとしての責任は、逆に言えば東京は3割しか
負っていないことになる。
ましてや『東京の住民の多数が地方出身者である』なら、なおのこと、その責任は
東京にばかりあるとは言えない。
さも地元が東京の犠牲になってきたかのように装う露骨な論理誘導であり、
いかにも稚拙。
東京が首都圏最大の都市である以上、どこに原発を建設しても、その最大の利用者
となることは当然の理屈だ。
それがエネルギー事業というものだ。
>欺瞞
『原発を即全機停止すれば、核のゴミの問題は解決する』とは誰も言っていないし
思ってもいない。
ゴミの問題は世の中にとっての不都合であって、特定個人や団体のみの話ではない。
ここにもすり替えがある。
>なぜなら、原発はいったん始めたら"ほぼ"やめられない、つまり後戻り出来ない
ビジネスなのである。
このくだりはかなりひどい。
確かに1基あたり1000億という数字は、他のもので償却するとなると簡単なことではない。
しかし、『難しい』は『不可能』とは異なり、不可能である根拠もない。
ゆえに、核のゴミの処理のために原発を利用し続けなければならない理由はなく、
よって不可逆的な事業であるとの主張も根拠が失われる。
『後戻りできない』というイメージを植えつけたいだけの、論理誘導だ。
>キチン
>原発の恩恵を最大限被り
『きちん』を『キチン』とするクセに見覚えがある。
恩恵は『被る』ものではなく『預かる』ものだ。
ここまで読んでみても論理はもとより言葉遣いがあまりに不完全で、およそ
学者の弁とは思えない。
>核のゴミは、受益者負担で解決してはいかがだろうか。
ゴミの引き受け総量は、地域外から供給を受ける電力の総量に対応して設定すればいい。
そうすれば電力消費の加速度的な成長に歯止めがかかり、また、原発を引き受けた
自治体には大きなメリットとなる。
特に、これといって電力供給源を持たない東京などでは、まず原発依存度の
低下への期待が高まるはずだ。
ただし、原発を推進してきた政府や団体・個人に対し、相応の責任を負わせることが
前提となる。
特定の利害で進めるだけ進めて、あとの責任はワリカンでは話にならない。
特定個人に対し、負担を求めたり罰則として課すことのできる税金の制度を導入すべきだ。
『無い袖は振れない』という言い訳ができなくなる。
>『いまの生活を維持するために、安全を確保した上で原発を使って欲しい』
この意見は、いまの生活を維持するために必要なものは
『安全の確保』と『原発の継続使用』との二通りの解釈が成立する。
もし第一義が『安全を確保』なら、原発はできれば使わないに越したことはないことになる。
解釈によって意味が逆になる引用で、根拠として弱い。
>日本は、その立場を最大限活用し、世界に先駆けて原子力の平和利用としての
核燃料サイクルを進める責務がある。
>人類の未来は原子力によってのみ拓くことができ
>そのための、『原子力の解放』と『核燃サイクルの確立』という二つの重要な鍵を、
日本はすでに手の内にしている。
>だからこそ、世界のリーダーシップを執って、原子力の未来を創っていくべきなのである。
もはやヤケともとれるような強引な理屈だ。
『権利を持っている』ことは、『責務がある』理由にはならない。
そもそも『人類の未来は原子力によってのみ拓くことができる』なら、誰も反対などしないだろう。
もはや頭がおかしい。
原子力技術の進歩にいくらかのメリットがあることは事実だが、一般論として、
それにリスクやデメリットが勝ると言われている。
これが原子力問題であって、いまや国際世論は問題の是非ではなく、過去の後始末を
どうするかという点に集約されている。
結論の景気の良さがいかにも虚しい。
議論の争点が『脱原発』である以上、勝っても負けても『保守』『自民党』であることに
気付かなかったことが情けない。
現在、新しいコメントを受け付けない設定になっています。
カレンダー
カテゴリー
フリーエリア
最新CM
最新TB
プロフィール
ブログ内検索
P R