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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a47a203d008e5853c74eb0356c33f9a4eaf64ef7

1. 正論でもそこに思いやりがなければ、言われた人は傷つく
>「正しい」ことを言うのは簡単です

出だしから間違ってます。「正しいこと」を見出すのは難しいことです。なぜなら、相手を庇う気持ちが強ければ強いほど

>それが相手の心を傷つけてしまっては本末転倒

という前提が立ちはだかり、防衛機制によって本質を見出しにくくしてしまうから。要するに、

「相手を傷つけたくない」という感情のあまり本質が見えにくくなる

わけです。



しかし、では的を外した助言が相手の救いになるのかと言えばそうではない。

もちろん、「自分の味方をしようとしてくれている」という安心感は与えるかもしれませんが、言った側はいいことをした気分になってるだけで実際にはお荷物になってることもあるわけです(あまり他人のこと言えませんが)。

的確な分析は、一見すれば冷たく突き放す温かみのない言葉にも思えます。しかし、本人同様に真剣に考えない限り、的確な答えも出すことも、それを人目もはばからず直言することもできないことです。

助言は、正しければ正しいほど思いやりがある。

これが正解です。
役に立たなければ「助言」にならないんですから。

愚痴と相談はしっかり見分けなければ、適切な助言はできません。
利口な人は、自分が目先の感情で物事が見えにくくなっていると知った上で、すがるような思いで愚痴をこぼします。そんな時に、優しいだけの薄っぺらい言葉をかけることこそ自己本位と言わざるを得ません。


2. 言っていることではなく、やっていることがその人の正体

仰る通りです。

でもそれ、誰に訊いた言葉ですか?

正当化に使っちゃいけません。



3. 「一度きりの人生」好きに生きるのはいいけれど、相手も一度きりの人生だということを忘れるな

自分が関わった部分だけ見て全部を見た気になっている、思い上がった分析です。

一度きりの人生は自分も相手も同じです。しかし、相手が自分の「一度きり」にコストを払わなくていいのであれば、自分も相手の「一度きり」にコストを払わなくていい道理になりませんか。

こういうのを「二律背反」と言います。
「内容が正しいとすると間違っている」というややこしい矛盾です。



例えば、こう考えてみてください。

Aという男によって、BさんとCさんが負傷させられたとします。

このままなら、Aが加害者として裁かれますよね。
BさんとCさんの間には何も起こりません。

しかし仮に、Aという男が絶対的な権力の持ち主で、「Aが悪い」などとは口に出すことも憚られる存在だったとすればどうでしょう?

BさんもCさんも怒りのはけ口を失い、相互の陣営同士が互いに責めをなすり合うことになりませんか。
この諍いに便乗してBさんやCさんの関心を引こうとするのはフェアじゃありません。

まず、BさんCさんいずれの陣営も、正当化によって相手を加害者にすり替えることなく、Aが原因であることを正直に認めるべきです。その上で、BさんとCさんが責任をどう分担するかを考えるのが筋でしょう。


4. 本音を言って壊れるような人間関係なら、一度壊した方がいい

>本音を言い合えない人間関係は、いずれ破綻します

仰る通りです。

ただし、その関係を「解消すべき」と言えるのは、周囲の雑音が無い場合に限ります。
讒言

という言葉をご存じでしょうか。知らなければお調べください。

歴史を学ぶと、滅びの過程で嫌というほど目にする言葉です。人間の宿業と言ってもいい。
3.の反論と併せて読んでみてください。



5. 自分を信じて行動できない人は、他人に振り回され続ける人生になる

>自分を信じて行動できない人は、他人に振り回され続ける人生になる
これは、言ってることは全くその通りなんですが、言う相手は正しいでしょうか?

>自分自身の価値観や信念を持たずに、他人の意見や流行に左右されてばかりいる

と、なぜ言えるんですか?



例えばこう考えてみてください。

貴方は在宅勤務で何日も家に閉じこもって作業をしていました。その事情でたまたまTVもネットも見る機会がありませんでした。数日ぶりに玄関を開けてみると、外は暴風雨。
なのに、何も知らない近所の人が、

「あんな暴風雨が迫ってるのに何の対策もしないなんて。せめて自転車ぐらい括りつけておけばいいのに、常識知らずな人もいるもんですねぇ」

と貴方のことを噂したらどう思います?

「何も知らないくせに」

と思いませんか。



十分な判断材料があってこそ、その人の価値基準や信条が間違っていると言えるんです。判断材料がなかったのでは、それは「判断」ではなくただの「抽選」に過ぎません。くじ引きで外れを引いた時に「なんで外れを引いたんだ、当たれよ」と咎めるようなものです。



どうやら問題の「根」が見えてきましたね。

他人事のように聞こえるかもしれませんがいたって真面目です。













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無題





一回言っただけで理解してくれたら楽なのになぁ。
























無題





AIに弾かれるようなコメントしないでくださいね。





















無題

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/d9fedd595f95c40ebb008fd24f6dd1a84b889572




ですから、誰を爆撃してるんですか。






















無題





「匂えど」。

親父ギャグですね。



















無題





コピー機の操作が分からないんなら、コピー機に文句言ったり他の客に当たり散らしたりしないでさっさと自分で店員呼んでくださいね。

コピー機は返事したりしないし他の客は迷惑だから。




















無題

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a767045a0396b97559a45e208de6fb6ce4cbde15




>「因果応報」と言いますよね。人にしたことは自分に返ってくると。
>人のものを盗めば泥棒ですよね。警察に捕まる。ただ、盗んでもそれがバレないこともありますよね。バレなかったときの報いというのは何なんだろうなと。
>それは罪悪感だと思うのですね。



罪悪感の時点ですでに報いを受けているとしたら、警察が捕まえ司法が裁くのは何なんでしょうか。

この矛盾には二つの解釈が成立します。

①罪悪感は報いではない
②警察に捕まえさせて司法が裁くのは過剰制裁



結論を言えば、「因果応報」は人間社会に秩序をもたらすための方便に過ぎず、万物の真理ではないということです。

考えてもみてください。

確かに、「悪いこと」をした人がかえって儲かったら、理不尽に感じますよね?でも、それはその人が悪いことをしたから神様から罰を受けなきゃいけないものだと「思ってるから」なんです。

でも、いい悪いは抜きにしてみると、その人がしたことは儲かるに相応しい行為だったのかもしれない。



ルールは人が作ったもの。
万物は人の前から存在するもの。

ルールは大変重要で価値があるものです。
ですが、万物がルールに合わせるということはあり得ない。

まずそれを理解しないと規制はできません。




















無題

https://news.yahoo.co.jp/articles/0f7dca310b9b58ef42144a774eba0a200d8735eb




村重氏の場合は、単純に大雑把に省略し過ぎて元発言の趣旨を誤認してることが不備の原因。3ページも使って力説するほどのコメントではない。

また、記事はみちょぱ氏を引き合いにするが、氏が本件に関して具体的にどう発言してるのか言及がなく比較にならない。


















無題





というより、判断に必要になる情報をすべて隠しているのでは、誰かの助言が的外れだったとしても責める権利ありませんよね。

ちゃんと相手の身になって考えてみてから発言してください。





















無題





アドバイスが有益かどうかは、半分は本人が何を望むかで決まる。

従って、そのアドバイスという行為自体を咎めるのは「何も口を挟むな」と言うに等しく自己矛盾する。

自己矛盾。

そこよくお考え下さい。

一体誰を爆撃しましたか?















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