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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題





解決策は、同時に他の問題の原因でもある。



例えば、治安が悪い途上国で生きていくための知恵は、その国での彼の寿命を延ばすことに大いに役立つ反面、その国をより良く変えていこうという意欲をそぐ原因にもなる。

「生きようと努力」してるのか、「変革に抵抗」してるのか。

















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無題





決着がつくまではあまり振りかぶったりしない方が。























無題





会社が言ってることは決定的に矛盾してるよ。

ある予算を「公費か個人資産か」で揉めた部分もあるけど、根本としては、判定基準が秘匿されてたために労力を私的な目的のために使えなかったことが問題なんだから。

この是非を問わないのに、他の部分だけ切り取って是非を問うのはおかしいでしょ。



















無題





NM被告の再来。

カルトはこういうのが一番厄介。




















無題





論理で争うから問題なんじゃなく、真の側が真であることを論証できないのが問題なんです。
論理はスペックが決まってますから、真+論理と偽+論理の争いでは真が勝つ筈です。

現状は、偽の側が自分の主張を通すための道具として論理を使い、論理に対して否定的な真の側が押されてます。




















無題





なんで鵜呑みにしてると思ったんでしょうね。

理由でもあるんでしょうか。

なんでも鵜呑みにするような奴はとっくにパシリとして重用されてると思います。





















無題





俺は、自分がやっちゃいけないと思うことは基本やらないし、やるべきだと思うことは、たとえこの世で最も憎たらしい奴の予言を的中させる結果になったとしてもたぶんやると思います。

だって、自分がしたことが自分の血肉になるわけでしょ。
他人の成果を横取りしても何かに反発してサボタージュ決め込んでも自分の血肉にはならない。



















無題





なんだろ、もうやり方が力任せでまるで原始人なんだよね。
とても文明人のやり方じゃない。



作り笑いで他人おだてるのは「礼儀」ですか?
ウソついておだてるくらいなら真摯な反論の方がよほど礼に適うと思うんですけど。

真摯な批判と批判を装った誹謗中傷の見分け方は以前言った通り。

対案や根本の腹案(主張)があるかどうか。そして討論になったら、必ず自分の主張と相手の主張を対比して勝負する。間違っても、自分の主張と相手の批判の対比にしちゃダメ。

何故かって言えば、物事は作るより壊す方が簡単なので、必然的に主張より批判の方が有利だから。

「いま何を論じてるのか」を俯瞰して確かめながら討論する。

















無題

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/da724feb3670c110e5eaf1d65bf88fa369d6e236




簡単に言えば、実際は変わってるのに変わってる実感がない、ということです。

当たり前です。自分が変わるということは感じ方も変わるということですから、主観的に「変わった」と実感することはありません。

実感するのは、他人の評判が変わったり仕事の過去と今を比較した時など変わった痕跡に客観的に気付いた時です。



記事にあるようなことも大事ですけど、こういうことは自分を変えたいと思う人なら一度は考えてるんじゃないですか?



















無題





初っ端から矛盾してたので返すの楽でした。

~だから、~だから…と先を考えることばかりに意識を向けず、ひとまず前提から結論まで出した上で全体をもう一度見直し、論理構造を単純化してみるといいと思います。





















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