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インターネットで人間はどこまで強くなった? その結果は? ─ さくマガ
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>あるとき筆者が感じたのは、人類は歴史上、便利に生きるために発明してきたものを
>ことごとく人を殺す道具に変えてきたのではないかということです。
>そこに、ついにインターネットも仲間入りする時代が来ているのかと考えてしまいました。
「情報」に最も高い関心を持つのは、「政治」「情報」「軍事」といった権力システムです。
そう考えるなら、インターネットの技術は元々軍事とか情報収集目的で開発された技術がスピンオフされたものと読むのが筋のような気がします。
>インターネットによって、人間機能の何が拡張されたでしょうか?筆者は、
>「コミュニケーションの拡張」ではないかと思っています。
>「双方向性の拡張」といっても良いでしょう。
>
>ラジオやテレビは人間の耳や目を拡張しましたが、情報の流れは基本的に一方通行です。
>人類は言語のやりとりをすることが特徴といわれていますが、この「言語のやり取り」の拡張です。そうなるとインターネットは「つながり」の拡張、
>「コミュニティの拡張」とも言えるかもしれません。
>
>ほかの動物も鳴き声やアクションでコミュニケーションを取っていますが、それは
>危険が迫っていることや、エサのありかを仲間に伝える、あるいは求愛行動という、
>生きるうえで便利かつ欠かせないものです。相手を殺すために使うものではないでしょう。
>しかし人間は、コミュニケーションで相手を殺すことを可能にしてしまいました。
>とても残念なことです。
確かに、一方通行だった情報が双方向性を持つという意味では「拡張」はあったでしょう。
しかしそれは「選択肢の拡張」なのであって、人間がコミュニケーションに割ける気力体力が増えたことは意味しません。
だとするなら、インターネットに割り当てる力が増えた分は、他のどこかが減っている理屈になります。
また、インターネットは「双方向性」という新たな要素を得たとはいえ、直接取られるコミュニケーションと比較すると決定的に情報量が少ないと思います。
そもそも文字媒体を介する情報は、送り手と受け手で解釈が変わる「伝言ゲーム」のようなリスクをはらみます。
近年巷を騒がせた「デマ問題」も、元はと言えば、言葉で聞く以上に尾ひれ背びれが付きかねない文字媒体での伝達による部分は大きいのではないでしょうか。
こういうリスクやデメリットを放置して、いたずらに社会のデジタル化を進めんとする考えは危険だと思います。
せめて、安全対策を万全に図ってから進めるべきでしょう。
でないと、原発行政のことを他人事のようには言えません。