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もしかして「喪失感」なんじゃないかという気がしてきた。
少なくとも安倍元首相は二期目の政権で「人事を尽くした」と言えるだろうし、そのやり方や考え方が正しかったことは未曽有の「強さ」が証明していたと思う。
ただ、彼本人にあまり咎のない部分で任期後半に陰が差し、国民は彼への敬愛を率直に表に出せない空気になってしまった。
そして新型コロナの騒動がトドメとなり、彼は任期半ばで任を退くことになってしまった。
「総理・安倍晋三」という存在は、一時は大きく人々の心を捉えながら、最終的な総括がないままうやむやになってしまったんだと思う。
だから、こんなことになってしまい、我々の心は正体不明の倦怠感に襲われたんだろう。
参院選期間中というドサクサの最中の凶行で、しかも犯人は思想的背景のない個人的な怨恨が動機ということでは陰謀論にはけ口を求めることもできない。
警護のミスについても、関係者に悪意はなく、単純なバッシングの餌食にすることもできない。
だから、どこにもないはけ口を求めて、再び過去の分断図式で責任をなすり合うような動きまで生じたのではないか。
それが空虚と知りながら。
要は、彼は単純に国民から好かれてたんだと思う。
いい悪いは別にして。
補足:個人的には、陰謀はあったと思う。ただし、絶対に暴くことができない陰謀が。
某氏が言う「無敵の人」が関わる事件は自ずと陰謀であるという認識が、もう俺の
頭の中には出来上がってしまった。証明できないことを言っても埒もないことだが。