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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/1b30bd265f8b737b15e66f4816b64fbc4ff70f0c




例えば、奴隷がいて当たり前の時代は、奴隷が経済を支えてる側面もあったわけですよね。
高潔なこの神父も、その経済の中で生き、奴隷たちを助けた。

奴隷が可哀そう、奴隷をなくしたい。
じゃあとりあえず奴隷たちを助けるために犠牲を払おう。
これはみんなと同じ自分のワガママを自己責任でやってるだけだから文句ないよね。

道徳も倫理もここで終わってしまう。
発案者の手を離れて「ワガママ」の助けを失うと機能しない。
自律的に循環しないんです。

道徳はしかたない、そういうものだと割り切るにしても、倫理って「理」でしょう。
本来、道徳と違って論理構造として成立してなきゃいけないんですよね。

奴隷を無くしたい。じゃあ従来奴隷が支えてきた分を誰がどうやって分担するか。その動機、報酬は。

そうやって、より優れた「対案」を示し、実際に奴隷を減らし無くすことが本当の意味での解決ではないかと。

価値基準は要素の一つに過ぎません。
「循環」を設計しないといけない。



















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