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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題

https://news.yahoo.co.jp/articles/7fe4c518f17e8419fb92695b3bf902405dd89cfc




頭がいい人の言葉には「実」がある。

近頃は小手先で返してくる奴がどっと増えた。誰か「3秒以内で返答しろ」とでも教えたんじゃないかと思うくらい。

答えを考えるのに10秒かかる奴が3秒で答えるには、考えるスピードを上げるより答えを用意しておく方が効果がある。だから、必要以上に返答を急かすと、人間というものはむしろ考えなくなると思った方がいいだろう。急かすにしてもせいぜい2秒かそこら。

ただ、モノによっては逆に頭で考えない方がうまくできることもある。場合によりけりだ。

さて、記事の話だが、根本的な違いは一つの言葉で説明できる。

「定義が違う」。

だって、「自分定義」に基づいて考えた主張でしょ?どういう人を「頭がいい」と思うかは裁量の範疇だから、ケチをつけようがない。



「反射的思考」などというものはない。

思考の速さは、「論理の組み立てに『言葉』を使うか使わないか」、PCで言えばC言語かベーシック言語かという違いか、あとは使い慣れた思考パターンの「自動化」、マクロ化でしかない。他に、「無駄なプロセスをどれだけ省けるか」という要素もあるが、これはその場の速さよりも日頃の研鑽の積み重ねなので。

頭脳は、この要素で筋肉の運動に通じる部分がある。「遅れを取るまい。急いで考えよう」と気持ちを奮い立たせると、頭は「力み過ぎ」の状態に陥り、動作がぎこちなくなる分だけむしろ遅くなる。最速化には、緊張でも脱力でもないほどよいテンションが必要になる。


そもそも、なぜ人は頭がいいと「思われたがる」のかが俺には分からない。


頭がいい人は、その頭の良さを生かして普段から才気を渙発してるはずだ。その上で、頭がいいかどうか改まって考える必要もない。

逆に「頭がいいと思われたい」ということは、少なくともそう思われてないか、思われてはいるが評価が不満だということになる。しかし、先にも述べたように、「頭がいい人」はそう思われる努力などせずとも周囲に勝手に頭がいいと見做される。

ということは、「頭がいいと思われたい」と感じた時点で、自分の頭は少なくとも良くはないと思った方が良さそうだ。

そして、頭がいいと思われたい奴」は、頭がいいと思われてる他の奴がとても気にくわない。

これ、前にも言ったんだけど、「頭がいいと思われてる(勘違いされてる)バカ」と、「頭がいいと思われてない有能」、どっちになりたい?

あ、この設問だと「インチキ」って逃げ道があるのか。

頭がいいと思われるためにバカになるのと、特に頭がいいと思われずにコツコツ実力伸ばすのとどっちがいい?って訊けばいいのか。
















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