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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題





何をもって「弱者」とするのか、基準も大事ですよね。



「弱者に優しく」と言えば否定はしにくいが、しかしそれを厳密にやれば、自分だって生きていくことはできない。
何故かと言えば、生物って、元々多めに生まれるものだからです。

「多め」と単純に言ってしまうと語弊がありますが、つまり、その時々の環境によって生きていける量が変わってくる。
例えば、暖かくて緩やかな気候の時はたくさん生きていけるし、その逆の時は少なくなる。
この時、暖かい時に生まれた全員は、寒くて厳しい時は生き抜けないのです。

人類も生物である以上、この仕組みの中にどっぷり浸かっています。
寒くて厳しい時には生存競争で激しくしのぎを削ります。
その中で「弱者に優しい」を徹底すれば、結局は自分も弱者になってしまい、最終的には淘汰されてしまうのです。



むろん、倫理観は大事です。
しかし、果たして「弱者に優しい」は、人類全体の循環の中に適合する概念でしょうか?
もしかして、生活にゆとりがある先進国の一部の所得層にだけ許された特権なのではないでしょうか?

だとするなら、「弱者に優しい」分だけ、それになお上乗せするほどに「弱者に厳しい」ことになってしまいます。
なぜなら、先の記事でも書いたように、経済とは、それだけで生産原価にロスを生じさせる仕組みだからです。

例えば、100人が食える食糧が、経済を経由して分配されることによって100人を食わせることができなくなってしまうのです。
ということは、強者の「弱者に優しい」で10人に食わせようと思ったら、その裏では15人に飢えさせることになってしまいます。



今の我々が目指すべきは、人類全体の新陳代謝を遅らせることだと思います。
代謝が加速すればするほど、弱者が振り落とされる確率も上がってしまいます。

しかし、これは言うのは簡単ですが、なかなか難しい課題です。
少しでも例外があれば、それは独裁的な支配者の台頭を許してしまう結果になり、かえって逆効果になってしまいかねません。

ただ、少なくとも状況を安定させることが有効であることは、間違いないでしょう。














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