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先日の補足です。
便乗されても困るのでw
WWIIについて「対米戦は不可避だった」と書きましたが、むろん、もっと前のタイミングなら回避はできましたよ。
例えば、もし関東軍を石原莞爾が掌握していれば、北支事変→日中戦争という流れはたぶんなかったと思います。
石原は満州国の安定化を目指してましたので。
あるとしても最低十年は先の話。
東條が参謀長だったから日中戦争が起きた。
あのタイミングで二匹目のドジョウを狙いそうな人物なんですよ。
昭和天皇は、満州事変の立役者である石原を警戒したようですが、むしろ警戒すべきは東條の方だった。
それに、ナチスシンパのキャンペーンが米国の世論戦で敗北することも、たぶん石原なら看破してたでしょう。
ということは
日中戦争回避
↓
米国の対日圧力は喫緊の要なし
↓
対米戦回避(少なくとも史実の時点では)
の流れになります。
ちなみに、戦後満州エリアで発見される大慶油田は、サウジのガワール油田(世界最大)の22%という推定埋蔵量を誇ります(WIKI調べ)。
「油田があるのではないか」という噂は当時からあったようです。
ただ、満州を手中にしたのは石原で、参謀長はその石原と激しく対立する東條です。
もし東條が、石原を実績面でも凌ぐために日中戦争を画策したのだとしたら、油田の噂も参謀長だった東條が握りつぶした?という推測も成り立ちます。
中国を手中に収めてからであれば、油田が見つかっても自分の手柄にしてしまえますから。
ともあれ、つまり石原の戦略は、結果論ではありますが、戦前日本の奇跡の一手だったんですね。
東條の台頭はまさに国難だった。
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?一般論を申し上げてるだけですが?w
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