例えばだ。
毎日ジョギングに精を出してる人がいるとする。
それも、平日5㎞、休日は10㎞とそこそこガチなやつ。
もし、彼が何かのスポーツをやってて、基礎体力作りのために走ってるとすると?
「大したもんだねぇ~」「きっと成功するよ」
こうなる。
ところが、もし彼が心臓が弱くて、医者に激しい運動を控えるように言われてるとしたら?
「バカだねぇ~」「死にたいのか」
となるよね?
このように、どんな行動をとっても、目的一つすり替えるだけで不当化できてしまう。
つまり、手段の是非とは、目的があって初めて論じられるもの。
目的を自在にすり替えてたら、手段の是非を論じても全く意味がない。
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