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総理、自衛隊を「軍」と・・・失言の記事
朝鮮戦争当時、それまで日本の国土を他国の脅威から守っていた米軍が半島に
進出しなければならなくなった。
むろん、米側もいつまで日本を守る負担を負い続ける気は無く、再軍備はいずれ期を見て
実現されるはずだったが、いよいよ事態が切迫して急ぐよう圧力が加えられた。
しかしGHQ検閲憲法は、日本の軍事的脅威を完全に取り払う目的で武力そのものの
保有を禁じていたので、すんなりとは実現できなかった。
そこで、苦肉の策として「これは『自衛隊』であって『軍』ではないからセーフ」という
理屈が考案された。
その経過を考えても、これが屁理屈だということは誰でも分かると思う。
その上で、国防のための武力は必要か否かという議論が必要なのであって、
自衛隊が『軍』なのかそうでないのかなどという論争は、まったくの的外れなのだ。
実質的に、自衛隊は、『自衛隊』という名称の『軍』だ。
名称というものは、本来、対象の実態に沿ったものでなければいけない。
仮に、これが再軍備当時に『軍』という名称を付けられていたとしても、その規模が
実際の自衛隊より大きくなっていたということは考えにくく、『軍』ではなく『隊』だから
歯止めが利いているということはない。
歯止めとなっているのは、むろん憲法そのものであって、9条の大まかな概要が、
国益を得る手段として、他国の領土を武力で侵す、いわゆる『武力侵攻』を
禁じていることによる。
実際、他国の一般市民に訊けば、自衛隊は「Japan Self Defence Forth」ではなく
「Japan Army/Navy/Airforce」とあっさり軍呼ばわりされている。
世界中のほとんどの国が軍を保有しているが、その中で他国への武力侵攻を
禁じている国は決して少なくない。
「自衛隊」と「軍」の違いは、当の日本人にとってさえ、分からないのが現実なのだ。
敗戦国としての国民感情を思えば、『軍』という名称に抵抗を感じることは無理もないことだ。
その配慮から『軍』という名称を避けてきたというだけのことなのだ。
日本の再軍備は、日本が敗戦から立ち直って自立したという象徴の一つだ。
総理が『軍』という名称にこだわる理由はそこにある。
実質的な再軍備はすでに果たしているが、正式に『軍』という名称を与えることが、
再軍備としては一区切りだと考えているのだろう。
そこで提案なのだが、『国防軍』として『軍』の名称を認める代わりに、
防衛予算の1%枠を復活させ、政策ではなく、正式に法制定してはどうだろう。
冷戦が終結した今、1%枠撤廃の必要性は乏しい。
技術の進歩は軍拡ではなく、むしろ軍縮に使っていただきたいところだ。