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加会社×被会社

窮鼠猫を噛む

無題

作家・坂口安吾が、
はすに構えて世の中を見てて『俺はお前らとは違う』みたいなことを言ってる奴を
痛烈に批判した・・・

とかってVの後で

「ボクはむしろ逆でぇ、こうして喋ってても不安なんですね、
てのは、もしかして間違ったこと言ってるんじゃないかってのがあってぇ・・・」

などと、やや早口に、しかも淀みのない流暢なトーンでまくしたてる。

確かに、不安を抱えながら喋るのは人として当然で、
それがない奴というのは、どんなに自信があっても
自分で何かを感じて用心しなければならない。

しかし、まずこれは、およそそうした不安を抱える者の所業ではない。
よく、文豪の権威を傘に着て自分を飾れるものだと感心する。
これはある種、現代で成功する者とは
こういった図太さをもたなければならないという
一種の皮肉なのだろうか。

いいか、聞くがいい。
世の中の大半が「俺だけは違う」と思っているとしよう。
みんなが自分基準で考えていて、
他人とは独立した判断基準を持っていると仮定しよう。
それは確かに「普通」であり「平均」に違いない。

だが、俺にはそのことの問題点がわからない。
全員が自分の判断基準を持っていても、全員が正しい判断を下せば
答えは同じになる。
間違った答えを出した者は、他人のせいにはできない。
何が問題なんだ?

俺は自分だけが特殊だなんて思わない。
『特殊な奴』は、たぶん他にもたくさんいるだろうよ。
それでも、何も考えないで他人の後を追い回してるくせに
自分で考えるがゆえに遅れる奴を鼻で笑う勘違い野郎が、
『みんなと同じだから』で安心しちゃう迎合主義が、世の中に横行しているであろうことは
TVで堂々となされた上記の発言から見ても、まず間違いはない。

「作家が、文豪が言ってるんだから正しい。」
「自分で考えない」とはそういう安直な権威付けの事を言ってるのだが。

いいんだ。
誰の何を引用しようと、それを正しいと思って引用したのは君たちで
引用した責任は君たち自身にある。
どんな結果でも自分で責任を負う限りは、
法の許す限り何をしたっていいだろう。

『自分だけは違う』はダサい?
お前、福島の原発事故現場に一度行ってこい。
津波が来なければ、ノアは「ただの気狂い」で終わってしまう国だからこその
震災二次被害だ。
最大の原因は地震と津波、二番目はこれ、三番目は政策として進めておきながら
事故への供えを怠った国、東電は四番目だな。
自分の非から目を逸らしたい奴ほど、東電を叩く。

①「自分だけは違う」はポピュリズム批判である
②しかし「自分だけは違う」こそがポピュリズムである
③自己矛盾

という三段論法、いかにも技能で議論を勝ち取ろうとする奴の
計算された論理展開だが
あいにく俺は、もし自分の言ってることが世の中で多数派だったら
「世の中はまだ捨てたものではない」と思うだけで気にもとめない。

むしろ、矛盾に気付かずに恥を晒すこういう奴の方が
気になって仕方がない。

こういう引用を好む奴は、一度、何がしかの兵法書を読んでみるといい。
それで、まだ決着がついていない戦争や紛争について、自分が妥当だと思う策を
提言してみるといい。
そうすれば、どんな兵法書にも、互いに矛盾する逆の解釈が必ず載っていて
答えは書いてないことに気づくだろう。
結局は使うものの賢明さいかんなのであって、
それっぽい都合のいい発言を引用するくらいのことは
誰にでもできるのだ。

人は、口ではどんなに否定していても、
いざとなれば、どんな高名な兵法書の知識よりも
言ったことが正しかった奴を信じる。














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