窮鼠猫を噛む
それは、今の世の中の趨勢を握る管理職層の中に、若い世代との対決を避けたがる恐怖・忌避感が存在するから。
それはいつの時代も存在してて、しかし今の世の中では何を「軸」に若い世代と対立しているのかが曖昧ではっきりしないという側面があった。
でもこれではっきりした。
「理由が無い」ということ。
二~三十年前なら、「若い世代が将来幸せになる」=「前の世代を支える」だった。
一致結束していた。
しかし、今は前までの世代が残したツケばかりが大きくて、それを払っても若い世代が幸せになれる訳ではない。
それを前までの世代は必死に隠そうとし、また誤魔化しているが、若い世代はうすうすその欺瞞に気づいている。
懐疑的な訳だ。
正直、前の世代が残したツケを払うことは、今の世代にプラスにはならない。
かといって、過去の世代に相応の報いを与えれば、今の世代も無傷では済まされないから、結局それもできない。
そういう無力感が、今の世代には蔓延している。
結局、大きな動機と大きな抵抗感が相殺しあって、それらを除いた小さな動機で唐突に具体的な行動を起こす傾向が強まっている。
そんなとこではないでしょうか。
10年以上過去に俺に関わった人たちは、管理職側の人達ばかり。
意義など考えずに協力者になってしまった人達。
それ以降に関わった人たちは、たぶん少なからず俺の考え方を理解してくれていた人達。
現在、新しいコメントを受け付けない設定になっています。
カレンダー
カテゴリー
フリーエリア
最新CM
最新TB
プロフィール
ブログ内検索
P R