https://article.yahoo.co.jp/detail/b533a3069adff441acf204803189ce077e412335
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こういう主張はいわゆる「護憲派」に多く見られるが、それ以前にまず、従来の我が国が「他国を攻撃できない国だった」という認識自体にまず驚く。
こんなつもりで他国との交渉に臨めば、話は何一つ噛み合わないだろう。
単に大義名分が違うだけで、いかなる「守るための戦力」も、攻撃にも使うことができるのが原則。単に、現実に他国を直接攻撃する任務がないので、そのために使うには便宜が悪い装備の構成になってるだけで、攻撃に使うことも可能という原則に変わりはない。
つまり、そもそも憲法9条に何と書こうが、明確に個別自衛権を否定しない限りに於いては、「絶対に他国を攻撃できない国」など実現不可能なのだ。
そういう意味ではこの記事は根本から矛盾していると言える。特に
>もう一つの柱は専守防衛。これは生き残っていたがこの国家安全保障戦略の改定によって弾道ミサイルなどによって我が国が攻撃された場合ミサイル基地など相手国への攻撃を行う能力を自衛隊に持たせることが決まりました。これによってこの2つ目の柱も失われた。
とあるが、そもそも他国から直接弾道弾攻撃があった場合に、これに反撃することを憲法9条は禁じているというのだろうか?
領土内に侵入して攻撃を企図する敵勢力に対して正当防衛による戦闘が認められるのに、他国領土から直接攻撃された場合にはされるがままで何もできない?そんな「個別自衛権」は、この地球上のどこにも存在しない。
これは、そもそも憲法が制定された当時は、まだICBMなどの脅威は日本にとって現実的ではなかったので、そもそもの9条自体が、他国からの直接攻撃という事態を全く想定していなかったことによる。
それでも日本政府は、自衛隊の配備を説明するためにさえ、「個別自衛権は否定していない」と特に注釈する必要があったほどだ。まして弾道弾の脅威などケアしていようはずもない。
「日本人は他国が弾道弾攻撃してきたら座して死を待つ覚悟がある」とでも言うのだろうか。
俺はとてもそうは思えない。いかに弾道弾による越境攻撃であろうと、最低限、これへの交戦能力を保有することは専守防衛にも適うはずだ。
>ただ幅を広げたことが本当に抑止力になるのか疑問が多い
そうじゃないの。
「武装」or「交戦能力」=「抑止力」なの。
それで敵国の先制攻撃を抑止できなかったとしたら、それは「抑止力がない」ではなく「抑止力が足りない」なんです。一体何べん説明したら分かるのか。
そもそも、「抑止力」という何らかの物理的な力があるわけではありません。例えば、相手が丸腰の一般人ならナメてかかるようなゴロツキでも、武装した警官が相手だと下手な出方はできない、ナメた真似は躊躇するでしょう?その相手側の「躊躇」を、我が方の能動的な力に見立てて「抑止力」と呼んでるに過ぎません。
そういう意味では、喩えけん銃一丁だって抑止力には違いありません。抑止力に充分/不十分、多い/少ないはあっても、「武装ではあるが抑止力ではない」ことなどあり得ないんです。
ほんとに、こういう議論をするたびにいつも思います。
「抑止力の逆って何だろう?」
他国の出来心を誘引する力に、ぜひともネーミングして欲しい。この期に及んで、本気で平和を希求してるつもりの人間が、かえって戦争の呼び水になりかねない。
だから「むしろ戦争を勉強しろ」というのに。こんなやり取り見て、隙あらば軍拡しようとたくらむ連中はほくそ笑んでるよ。この調子では連中も正当化し放題ですからね。
めでたすぎる。
一体何のために9条を延命したのか。
前にも言ったでしょう、「赤軍戦術」の話。アカの連中だって武装は肯定してる。武装自体を根本から否定してる人間なんて歴史上一人も存在しない。